調べもの相談

  1. トップページ
  2. 調べもの相談
  3. レファレンス事例集【人物】

レファレンス事例集【人物】

Q岩瀬で活躍した犬島宗左衛門とはどういう人物か知りたい。
A

犬島宗左衛門は明治22年、東岩瀬町に生まれた。かつて北前船の交易で繁栄した東岩瀬港は、鉄道の普及や神通川の馳越工事により近代海運業として遅れを取っていた。宗左衛門はこの状況を憂い、新聞「日本海之岩瀬」を創刊し、当局を批判した。その様子は「越中人譚 第62号」(チューリップテレビ2003)に紹介されている。
また富岩鉄道や富岩運河の建設を含む、当時の東岩瀬港復活運動での尽力が「実録越中魂」(北日本新聞社2006)「バイ船研究 第3集 第6集」(岩瀬バイ船研究会1991、2002)に掲載されている。

Q『剣岳・点の記』の映画に登場した山の案内人宇治長次郎について知りたい。
A

宇治長次郎は明治4年、大山村和田(現富山市)に生まれた。2009年に出版された「山案内人長次郎」(桂書房 2009)は、今までまとまった評伝のなかった長次郎について、その生涯と山案内にまつわる逸話が収められている。同著では、長次郎が人並みはずれた身体能力を持ち、人柄は温和で、優れた山案内人であったと紹介されている。
また、「大山の歴史」(大山町 1990)には、「日本山岳風土記」所収の田辺重治の随筆「長次郎とその頃を語る」が収録されており、田辺からみた長次郎の人柄をうかがい知ることができる。

Q金山茂人(東京交響楽団の最高顧問)の祖父で、立山の村長から代議士になった人物(名前は不明)について知りたい。
A

最初に金山茂人で何か資料がないか調べたところ、『楽団長は短気ですけど、何か?』(水曜社2007)という著作があり、「祖父が金山従革」という記述があった。
次に“金山従革”で検索すると、『越中人譚第48号』(チューリップテレビ2002)に収録されており、また、『富山大百科事典』(北日本新聞社1994)にも項目があった。
他に『富山県郷土人物索引 第1集~4集』(富山県立図書館)の“金山従革”の部分に以下の資料があり図書館が所蔵するものについては提供した。
『五百石地方郷土史要』(五百石区域小学校長会郷土史研究1935)、『郷土に輝く人びと 第6集』(富山県1975)、『明治・大正・昭和の郷土史18 富山県』(昌平社1982)、『立山町誌』(「五百石町誌」と「五百石地方郷土史要」の複製合本、新興出版社1982)、『立山町史 下巻』(立山町1984)、『先人の足跡探歩』(中井信光1990)、『富山県民とともに』(北日本新聞社1984)。
金山従革は、1864年に立山村(現立山町)に生まれ、1889年初代立山村長となり30年近く務めた。1898年衆議院議員に当選。県会議員としても活躍し、郷土立山村の発展を願って、立山製紙や立山軽便鉄道などを興したほか、富山日報社の社長に就任するなど近代産業の育成に努めた。文化人として詩や書にも優れ、立山72峰にちなみ“七十二峰山人”と号した。

Q富山出身の力士「剣山」について知りたい。
A

『富山県大百科事典』(富山新聞社 1976)には、【大相撲】の項目が279ページにあり、剣山については、歴代越中力士の今日までの歴史が解説されている。江戸期文政年間(1818~29)に11年も大関を続けた剣山(富山市)が上覧相撲で横綱の不知火と名勝負を行い、越中力士の名をあげていると書かれている。
『日本相撲大鑑』(新人物往来社 1980)では、天保年間(1830~44)の二十山部屋の大関剣山谷右衛門(富山市)は、横綱の不知火・秀ノ山とともに「天保の三傑」に数えられる。剣山は横綱に推挙されたが、自分は身体が小さいから見栄えがしないと固辞した奥床しい逸話の持ち主であると解説がある。
『国技大相撲の100傑』(講談社 1977)では、【大関 剣山谷右衛門】として取り上げられ、当時の錦絵の図版と共に本名、生年月日、出身地、しこ名、身長、体重が記されている。 また、11年・21場所の間、大関の栄位を恥ずかしめなかったのはおそるべき持久力といえる。19年という長い幕内生活でありながら勝率もよく、古今二十傑にはいる横綱級の強豪だったと解説がある。
『富山県郷土資料総合目録』(富山県立図書館 1962)には、『加越能力士大鑑』(富山県立図書館所蔵)が記載されている。この目録は、富山県下の公共図書館及び富山大学に所蔵する郷土資料の総合目録であり、収録する文献に解説を付した解題書誌として活用できるものである。
『加越能力士大鑑』(加越能力士大鑑発行所 1912)には、「剣山谷右衛門」、越中富山の産、江戸天保期の実力ある大関であったことを入門時から詳細な記述がある。

Q昭和天皇が皇太子時代に詠んだ「立山の・・・」の和歌が、歌になっているはずだが、その作曲者について知りたい。
A

富山県に関する事項を多く取り上げている『富山県大百科事典』(富山新聞社)の「立山御歌」の項に次のように書かれている。“「たて山の空にそびゆるををしさにならへとぞ思ふみよのすがたも」この御歌は、大正14年歌会始で発表され、県民が深く感激し、東京音楽学校に作曲を依頼、「ふるさと」の作曲者岡野貞一がこれに作曲したもの。”また『立山のいぶき』(シーエーピー)、『富山県の今上陛下御製碑』(日本を守る県民会議)などにも載っている。戦前は、県歌のごとくに愛唱され、式典などで歌われていたので覚えている方も多いのでは・・・。